子供の不登校。焦る母の心に染みた個人的名言いろいろ。

コロナ休校が終わり、小学校も始まりました。

我が家はと言えば、2年生まで行ったり行かなかったりを繰り返してきた息子が、3年生から完全に不登校に。

 

行くか行かないか毎日胃がキリキリしていた日々に比べると、正直気持ち的には楽になりました。

が完全に行かなくなったことで、それはそれで、ずうんとのしかかる気持ちもあるものですね。

 

まだ不登校を完全に受け入れられてはいないようなフワフワした感じの私ですが、

色んな言葉に支えられるところもあったので、紹介してみたいと思います。

「無いもんは受け入れんとしょうがなかしね」

最初から無いもんは受け入れんとしょうがなかしね。

無いけんて閉じこもっとったら人生損やけん。

(ニュクスの角灯 1巻より)

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遊郭で生まれ、両親がいないおたまさんが言ったセリフ。

 

どうしてうちの子だけ。なんでこんなことができないんだろう。

そんな風に思ってしまう私の心に、このセリフがすとんと落ちてきました。

 

発達障害で不登校な息子。

元気で登校できている多数派の子たちを見ると、ザワザワした気持ちになることも多かったです。

 

でもやっぱりそれに囚われていてもしょうがないんですよね。

無いものは無い。そこにばっかりこだわってたら損。

今でも「うらやましいな」って思う気持ちはもちろんありますが、このセリフを思い出しては自分に言い聞かせています。

 

無いものをしょうがなかしね、ってさらっと受け入れられる人にものすごく憧れてます。

「落ち込んだままでいる権利もある」

人には 悩みを抱えて 落ち込んだままでいる権利もあるんだよ

(ニュクスの角灯 3巻より)

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また同じマンガからですが、このセリフもすごく好き。

 

不登校児の親って、すごくメンタル的に厳しいんですよね。

学校に行けないから勉強もなかなか進まないけど、子供は毎日成長していくし、何かしないといけないし、自分は落ち込んでるヒマなんてない…なんて

毎日焦ってばかりでした。

 

このセリフを読んだ時、「そうか、私落ち込んだままでもよかったんだ」ってすごくハッとさせられました。

無理やりにでも上を向いて、何かしないと、って焦ってばかりだった気持ちがすごく落ち着いたんですよね。

同時に、子供にも落ち込んだままでいる権利があるってことにも気づかされて。

 

そのあとのセリフは、こう続いています。

あんたの嘘で悩みをなくしてやるとは 簡単たい。

でもその事で その人が自分で悩んで成長する機会を奪ってしまう事になると思わんかい?

 

これもね、本当にそうだなあって。

子供が不登校になると、なんとかしてあげたくて、息子の悩みを一生懸命考えて解決してみようと思ってしまったり。

もちろん悩みを聞いて手助けしてあげることは必要だけど、息子の悩みは息子の悩みとして、彼の成長の機会を奪わないようにしたいなと思わされました。

 

「自分のために完璧になる」

誰かのために完璧な人間にならず、

ただこの瞬間を生きて、自分のために完璧になる。

(ムニーバー・マザリ氏のスピーチより)

 

とても力強いスピーチで、感銘を受けました。

 

良くも悪くも私はザ・日本人気質で、「迷惑をかけない」教育を親からも受けてきました。

息子が不登校になったときも、「PTA活動どうしよう…やりたくないけどやらないとだめかな」「先生になんて伝えようかな…」とグジグジと悩みまくって。

 

世間体を気にしたらダメって思うものの、それまでの社会とのつながりと不登校児の親であることがうまくつながらなくて、どう思われるのかがすごく怖かったです。

今でもまったく怖くないわけではないですが、このスピーチを見て、本当に勇気をもらって。

 

自分の人生に重要でない誰かのために生きるのではなくて、しっかり息子と自分の声を聴いて、そのために生きていきたいなって強く思いました。

 

息子の不登校で失ったものもたくさんあるけれど、

何が本当に大切で、何が必要でないのか

大したことじゃないことにどれだけ今までの自分が固執して振り回されてきたか

ということに、すごく気づかされることもありましたね。

 

「いい時も悪い時も、遠くから見れば一本の線」

人生、良い時も悪い時もある。

その時はぐっと上がったり落ちているように見えるけど、遠くからみたら、ただの一本の線だよ。

何かのテレビ番組で、どこかのお母さんが言ってました(うろ覚えすぎる…)。

 

子供が不登校になると、一喜一憂しがちで、少しでも良い兆しが見えたら嬉しくなるし、やっぱりだめなら落ち込んだりして。

でもそれもこれも遠くから(あとから)見れば、単なる一本線なんだなと思ったら、大分気が楽になりました。

 

感情に振り回されてしまうことが多いので、この「遠くから見る」ってことが大事そうですね。

 

「他人から不幸に見えるくらいでちょうどいい」

やっかみほど怖いものはないし、

他人から不幸に見えるくらいでちょうどいいんですよ。

蛭子能収さんのインタビューより)

蛭子さんらしいこの肩の力の抜けた回答、いいですね。

私は何もできないくせにプライドだけはいっちょ前に高く、世間体を気にしてばかりのつまらない人間なので、この精神が必要!

 

不登校の子がいるって言うと、不幸に見られることも多いです。

まあでもその方が楽でいいよねって、そういうスタンスでいきたいですね。

 

「子供の準備ができたときに教える」

子供は、教わる準備ができていないときに教えられると

苛立ちや困惑を感じ、「コントロール感」が低くなる。

(セルフ・ドリブン・チャイルド より)

尊敬する方から教えていただいた本。とても学びが大きかったです。

 

内容はざっくり言うと、子供が自分の人生における「コントロール感」を持つことが、とても重要であるということ。

 

不登校になると勉強をどうするかは、とても大きな問題。

私も勉強はどうしようか悩んでいますが、心身ともに子供の準備ができていないことには却って逆効果にしかならないんだな、といい意味で諦めがつきました。

 

発達障害もあり、通常の学校の勉強ペースは本人の負担になるところも。

長い目でとらえて、本人のペースに合わせ動いていけたらいいかな。

 

色々学習教材を調べたり、準備だけはしておこうと思いますが。

 

まとめ:ぼちぼちが大事そう。

完全不登校になり、約1か月。

我が家なりに、不登校のペースもできてきました。

まだこの先、多数派が歩まない道を歩んでいくので、迷う事がいっぱいあると思います。

考えすぎても仕方ないので、息子のペースによりそいつつ、私も私で仕事や人生を楽しむようぼちぼちやっていきたいです。